unconscious 脳

完成しない何かを書くADHD脳の片付かない本棚

「エンドレスキューブ」5

放置された画材。破れたままのキャンバス。それはひとつのオブジェのように見える。
そう、長野はオブジェにしてしまったのかもしれない。ある、優越をどこかに感じながら。
だが、見つめることも、触れることも出来ない。
それを背にして、煙草を吸った。

 

 

日曜は空洞だ。音楽も、映像も、書籍も、自分のどこかが拒絶する。何かに委ねると、何かを失う気がしている。疼く。
わかってはいるのだ。いや、何もわかりはしない。

 

――どうしたのぉ。
女から電話がくる。
こいつを愛しているかどうかはわからない。だが、こいつがいなければ、砂地は海に沈んでいく。ちぃ。
沈んでいけば、沈んでいきさえすれば、再び筆はとられるかもしれなかった。
だが、筆をとった瞬間に、何もかもが、また変わってゆく。切られる。時が切られてゆく。

 

最後の煙草に火をつける。片方の手の指先で、テーブルをカツカツと叩く。
窓ぎわに、女物の靴の箱が積まれている。もう、履かれることのない靴たち。横に彼のスニーカーが並ぶ。タトゥ。
テーブルを叩いていた指は、行き場を求めてタトゥをかきむしる。
もう消したかった。

彼女の死の後、直後と言ってもいい。彼は間違いなく、開放感を感じていた。筆をとった。
そこから、まるで狂喜するように没頭してゆく。死と狂喜。
その絵画は、絶賛された。
――今なら、何でも出来る。
彼はそう言った。絶頂にいた。
だが、筆は突然に放棄された。理由もなく。そして彼の名前は消えてゆく。
そのまま、3年が過ぎる。

 

 

頭骸骨に目をやる。
煙草の火は、もう指先に触れそうになっている。ろくに吸ってもいないのに。
神だったんだよ。俺にとっては。死が浄化したんだ。
確かに、生や死なんてことを考えるなら、あいつは俺に、限りなくギラギラした生を押しつけた。
そして俺は逃げたんだ。あの時。ああ、そうだ。そのことを考えろ?もう、いいじゃないか。死を汚す必要なんてないんだ。

 

――はい、ちょっとよけて。
はやけに明るい顔で、部屋の掃除をしている。俺は少し笑う。
日常が必要だ。その世界に連れていってくれよ。置き去りにすればいいんだ。みんなそうさ。楽なんだろ、多分な。生活するってことのほうが。
――天気いいね。外、出ようよ。
この俺のことをこれっぽっちも理解しない女。この女が必要なんだ。今は。
言っておくが、俺はあいつの死にとらわれているわけじゃないんだ。決して。それは、ある一つの映像でしかないんだよ。
彼はソファから立ち上がる。

なら、何なんだ?これは。――ねぇ、早く。

 

もう、いいんだ。