目を開けると、ナイトテーブルのデジタルは7:00だった。もう朝になったのかと思ったが、やはり夜のようだった。
どうやら、いつのまにか眠っていたらしい。
着替えもしていないことに気付き、いつもそうするように、それらの定位置を決めることに没頭した。テーブルや、茶器セットなども好みの位置に置き換えた。
それが一通り終わると、今度はひどく不安になった。
音がない。
上の部屋のシャワーの音や向かいの部屋のドアの音や鍵の音や、もちろんそういった想像でしか測れない音は、ないにこしたことはない。
廊下を歩くピタピタという足音が近づいてきて、それが自分の部屋の前で止まった時には、ドキドキが頂点に達し、追われた犯罪者のような緊迫感を味わうものである。
しかし、そんな音という音の全てがないのである。
そうだ、テレビ、と真っ黒な画面を見たがイヤな予感は当った。
テレビは空なのだった。
ゴロと寝返りをうつと頬のあたりにサラサラと落ちてくるものを感じた。
それは砂だった。
砂の流れ。緩やかに続く起伏の波。明と暗。そして空間。
砂は果てしもなく、ただそこに「静」をかたちづくっていた。
沈んでゆくようだ。
砂がやさしく心のなかを満たして、もう何も見えなかった。何も聞こえなかった。安眠の心地に似ていた。
目の前にある砂漠と、自分のごく立ち得る範囲だけが砂と化し、孤立している。
その細やかな粒子は手にとってサラサラと滑り落ち、波は風によって様々な線を描き、二度と同じ波をあらわさない。
目を横にずらすと、しかしその砂漠には限りがあってそれが額の中の一枚であることを知った。
私はギャラリーにいるのだった。
そこは石膏のような壁に仕切られ、その白さに面積を失っている。
照明はどこにあるのか、影をも白く照らしだしている。ひどく乾燥している。遠くに白髪の老人がいる。老人は座ったまま動かない。あとは誰もいない。
ドアが一つ。そこに窓。
少年?
その窓から目だけが覗いている。私はとっさに目を逸らす。
何故逸らしたのかはわからない。
その瞬間、ドアが開く。目はやはり少年のものだった。何も見ず、まっすぐに一枚のリトグラフの前に立つ。肩には包帯が巻いてある。私には背中しか見えない。
だめだよ。もう時間がないからねえ。
つぶやくように言ったのは老人らしい。
少年の指はその砂に触れている。それは水となった。彼はその手を水に沈めていく。
手、腕、肩まで沈めると、その水の流れにゆだねた。
水は私の頬を流れてゆく。音が消える。水のなかに私はいる。