unconscious 脳

完成しない何かを書くADHD脳の片付かない本棚~Energy is circulating

「逃亡」2 ゆっくり

ゆっくり」という文字はなんてゆっくりとしているのだろう。
「ゆ」の一度止まってくるっとまわる包み込むような優しさ。「り」の木々を渡る風のような優しさ。もちろん「ゆ」と「り」の流線が、私たちを心地よい安眠に誘うのだが、この小さい「っ」が、ある緊張感をかもしだし、爽快な朝の目覚めを約束してくれるのである。
それは、起きてすぐカーテンを開け、朝の陽射しに向かって伸びをしてしまうような目覚めである。

これが「だらり」とは意を異にする。
似ているようではあるが、「だらり」の「り」はぬけることの出来ない怠堕への誘惑に満ちている。「だらり」で眠ってしまった場合、朝は夜の延長上にあり、そのくせ焦燥感はつきまとうのだ。

「ゆっくりとおくつろぎください」とそこには書いてある。確かに「だらりとおくつろぎください」とは言わない。

そんな風に「ゆっくり」と「だらり」の相違性についてといったようなことを考え始めると、それは際限なく広がっていってしまうのだった。

ベッドをソファの変わりにしていたが、背中は壁を滑り、いつの間にか横たわっている。
張りついたシーツを剥がし、その中に入った。
単純に「ひらがな」はいいなと思った。ベッドの中で「そら」や「ほし」といった文字を、ひとつづつ取り出していると眠くなった。

 

それにしてもこのホテルに来て何日になるのだ?

 


会社のロビーの鏡の前で倒れた時、須田はあいかわらずデスクの机の上に立て掛けられていたが、私はその後3日間休みをもらわなければならないハメになった。
4日後にいつも通り家を出たが、いつの間にかウインカーが逆を指す。カチカチ。カチカチ。
8時5分前。カチカチ。

あの、あの、今日も体調が悪くてお休みを頂きたいのですが。

ハイ、ワカリマシタ。

え、え?

あっさり。
どうやら社員用応答マニュアルが適用されたらしい。
あっさりな対応で、罪悪感の増加をはかる、という実に巧妙な作戦なのだ。
だが、そうはいかない。マニュアルはしょせんマニュアルだ。


決行。つまりはずる休みだ。


そして通勤ラッシュの道路とは別方向の車線を、私は行く。
バックミラーを一切見ずに。前を行くのに、バックミラーなど必要はないのだ。
高速道路に入ると、あとはアクセルべた踏みで走る。
別に急ぐ必要はないのだが、制限速度表示は道路に掲げられた目指すべき目標のようなもので、目標の達成とはそれを超えることを意味する。
速度表示のない道路を誰が走りたいと思うだろう。 
ふむ。まあ、確かにそれが正しいとは言い難い。

 

 


たどり着いた場所は海だった。