unconscious 脳

完成しない何かを書くADHD脳の片付かない本棚~Energy is circulating

「逃亡」1 ふりかえると

そこはアフリカだった。

 

そう、あの日からだ。私のお腹が痛くなったのは。

新しく入った須田さんです、と紹介された時は正直自分の目を疑った。
その顔がちょっと尋常ではないのだ。一体どれだけ尋常でないかというと、ほのかに今後の身の上を案じなければならないほどなのだ。

そして彼女は予定通り、私のデスクの前に座った。
対策として、「見ないこと」を決心した。

第一、昨日からの資料は午前11時24分までに仕上げることにしてるし、目の前に並べられたファイルのインデックスの位置が一つだけずれていることが気にかかってしようがないし、その顔を観察するほど暇ではないのだ。
が、やはり気になる。何というわけではないが、こう変だ。停止したような重いものを頭頂部に感じている。

やはり決心しなければならないらしい。
まず、手を止める。次にゆっくりと目を閉じる。すっと息を止め、そして顔を上げる。

すると、私は抽象画の展示会に来ているらしい。

いや違う。彼女の顔だ。

とりあえず、ん?というような疑問形を投げかけてみる。反応がない。

目を逸し、再び手を動かす。
すると、

あの…、Hさん…これ、どうするのですか。

彼女は言う。声というよりは、音だ。

私はそれについてはよくわからないし、あそこにいるNさんが担当だし、それに私はHという名ではないと答えた。

はい…。わかりまし…た。

そう言ったきり、じっと机を見つめている。

そしておもむろに立ち上がると、コピー機の方へと歩き始める。そこで突如立ち止まり、振り向き停止する。その間表情に変化はない。
どうやら、時間を無駄に消化する習慣らしい。
そして、やっと教えた通りN氏にたどりつき、彼女は言う。

あの…Hさ…ん。これ…ど…うするのです…か。

N氏は彼女を見もせずに、それは大事な書類だからそこに挟んでおきなさい、と非常な早口で答える。

…は…い。

須田。
この会社にはHという人物はいないし、書類を挟む場所はファイルで、間違ってもあなたの脇ではない、と教えてあげるほど暇ではないのだ。


その日から数日、彼女の行動、顔の作りまでもが、ことごとく通常の概念といったものから外れていることに気づかなければならなかった。
仕事のペースが極端に落ちたのは言うまでもない。

それは額縁に入った抽象画のようでもあり、だが、その動作は獲物を狙う寸前の停止状態のハチュウ類のそれをも思わせる。
その口からピロピロと細長い舌が出そうでならなく、そのために私の顔は、机の上の書類に異常なほど近づいてしまうのだ。

なぜ、この顔が目の前にあるのだ?

そんなことは誰にも言えないし、皆慌しく動くばかりなのだ。

 

そのうちに、彼女ばかりでなく、すべての人が額縁の中に描かれたハチュウ類に見え始めた。


ひどく暑い。汗がひどい。
私ははっと顔をおさえて、そこを飛び出した。

鏡。鏡、

 

――え、絵?


誰か助けてくれない?